8月, 2016年

吉田沙保里と伊調馨 その勝敗を分けたもの ~リオ五輪を振り返って~

2016-08-22

この2週間、リオ五輪のテレビ観戦で、寝不足の方が多かったのではないでしょうか。

ウサイン・ボルトの三冠三連覇やマイケル・フェルプスの23個目の金メダルなど外国人選手の偉業もさることながら、このオリンピックは日本人選手の活躍が目立ちました。

内村航平がオレグ・ベルニャエフとの死闘の末、鉄棒での神がかりな演技で決めた五輪連覇、バドミントン女子ダブルス決勝でのタカマツペアの16対19からの5連続得点による逆転優勝、そして特筆すべきは伊調馨の決勝戦残り5秒からの奇跡の逆転金メダルです。これにより伊調馨はアテネから北京、ロンドン、リオの4連覇を達成したのです。この4連覇はレスリングのみならず五輪全競技を通じて女子個人種目では世界初の快挙です。連日、各種目、各選手の日替わりの活躍にテレビの前に釘付けになりました。

その中で最も印象に残ったシーンはやはり、吉田沙保里の敗戦、そして号泣でした。

史上初の4連覇、国民栄誉賞の受賞者であること、指導者である父の死、日本選手団の主将、そして伊調馨が一足先に4連覇を達成したこと。これでもか!というプレッシャーのてんこ盛りに、さすがの吉田も相当硬くなっていたように見えました。

特に初戦のナタリア・シニシン戦の直前の表情を見て、正直、吉田大丈夫かなと思いました。彼女の顔からは血の気が引き顔面蒼白だったのです。

それでも何とか初戦に勝利し、その後、準々決勝、準決勝ともに危なげない試合運びで勝ち上がりました。ただ、その上体は少し腰高で、これまでのような躍動感のある動きとは違っていました。

そして迎えた決勝戦。決勝の相手は、これまでも吉田と死闘を繰り広げてきたライバルのソフィア・マットソンが勝ち上がってくるかと思いきや、決勝に現れたのは新進気鋭のヘレン・マルーリスだったのです。吉田とはこれまで2戦して2回とも吉田がフォール勝ちしている相手です。ただ、予想外の相手が勝ち上がってきたことで、吉田の勝利の方程式が微妙に狂ったのかもしれません。

決勝戦はとにかく吉田の攻撃が完全に封じられました。マルーリスに指をつかまれ、ほとんど何もできないまま第1ピリオドが終わり、第二ピリオドでは相手の攻めをかわす為に無理な首投げを打ってしまい、逆に相手にポイントを与えてしまいました。その後も焦れば焦るほど相手の術中にはまり気持ちが空回りし、更に2点を与え、残り時間1分のところで1対4の3ポイント差になってしまったのです。試合後のインタビューで吉田が「取り返しのつかないことになってしまった」と答えていましたが、まさにこの失点のことを言っていたのだと思います。

残り1分で3点差をひっくり返すのはかなり難しいと言われています。前日伊調馨が残り5秒で大逆転勝利をしましたがそれは1点差だったからです。3点差を逆転するには2ポイントを重ねるか、4ポイントの大技が必要ですが、残り1分で、しかも守りに入った相手から4ポイントを奪取するのは至難の業です。

ここで開き直って以前の得意技、高速タックルに挑んでいれば勝利の可能性があったかもしれません。しかし吉田陣営はオリンピック前から吉田対策に対抗するために、接近戦から回り込んでタックルする戦術に変更していました。残り1分と追い詰められた状況で、吉田に戦術変更をする余裕はありませんでした。時間は虚しく過ぎそのまま試合終了となりました。

同じ4連覇に挑んだ吉田と伊調の勝敗を分けた原因はなんだったのでしょうか。試合後のそれぞれのインタビューにそのヒントがありました。実はオリンピックの2年前に吉田は父を、伊調は母を亡くしています。インタビューでそのことに触れられ二人は次のように答えていました。

伊調は決勝戦後インタビュアーから、スタンドからは遺影のお母さんが応援していましたよと話しかけられ「最後はやっぱりお母さんが助けてくれたと思います」と答えていました。

吉田は試合後のインタビューで父に対する思いを聞かれ「父が助けてくれるかなってどこかで思ったのが間違いでした」と答えています。

二人とも亡き親とともに戦っていたと思いますが、その意識に微妙な違いがあったことは確かです。

おそらく伊調は試合中、亡き母のために頑張ろうとは思っても決してお母さんが助けてくれるとは考えていなかったと思います。最後まで自分の力でいかに敵を倒すかということしか考えていなかったのではないでしょうか。そして勝利の後、自分が成し遂げた奇跡を振り返ったときに初めて、お母さんへの思いがこみ上げてきたのだと思います。

一方吉田には、ほんのわずかな心の隙があったと思います。前回のオリンピックまでは常にそばで応援してくれた父が、今は心の中にしかいない。亡き父と一緒に戦おうとする気持ちが、大きなプレッシャーで精神的に追い詰められることによって、いつしか父に助けてもらいたいという気持ちに変わり、それが心に隙を作ってしまったのでしょう。

二人の試合やインタビューから察すると、自分の力を最後まで信じ、攻める気持ちを失わなかった伊調が勝ち、気持ちの部分で亡き父に頼り、心の隙ができてしまった吉田が負けたと言うことだと思います。それだけ吉田にとっては父の存在が大きかったのかもしれません。

試合後、吉田は子供の様に泣きじゃくりました。表彰式になってもその涙は止まりません。負けて泣き続ける吉田沙保里の姿に霊長類最強女子の威光は微塵もありませんでした。そんな姿を見て、がっかりした人がいるかもしれません。また、負た時こそ女王らしく振舞うべきだと批判する人もいるでしょう。

でも私は、号泣しながら「申し訳ない」「ごめんなさい」と謝罪する吉田沙保里の真正直な姿を見て、逆に、好感を持ちましたし、さらに彼女が築いてきた今までの記録の凄さの意味を再認識しました。吉田の号泣によって、オリンピック3連覇、世界選手権13連覇そして個人戦206連勝の大記録が、ロボットやサイボーグではなく、悔しければ人目も憚らず泣きじゃくる生身の人間が為しえたことに気付かされたのです。吉田沙保里とは本来私たちが考えているよりも、弱くて、優しくて、甘えたな人なのかもしれません。そんな彼女が築き上げてきた偉業を顧みるに、そこに投じられた努力の分量は計り知れないものだと思います。

吉田が敗れた試合の直後、カメラが観客席の一人の女性をとらえました。カメラが映し出したのは、吉田の妹分の登坂絵莉の泣きじゃくった姿でした。前日大逆転で金メダルを射止めた彼女は脇目も振らず吉田のために泣いていたのです。それは彼女が前日の表彰台で見せた大粒の涙を遥かに超える大号泣でした。

登坂をはじめ吉田の背中を見て育ってきた土性沙羅も川合梨紗子も金メダルに輝きました。

吉田を破ったヘレン・マルーリスも吉田に大きく影響された一人です。彼女は12歳の時にアテネオリンピックの吉田の金メダルに感動し、吉田に憧れてここまで努力してきたのです。

吉田沙保里は4連覇を逃しはしましたが、彼女の存在そのものが後進の育成やレスリングの発展に大きく貢献してきたことだけは、紛れの無い事実です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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