11月, 2024年

「第3号被保険者制度」は時代にそぐわない制度なのか

2024-11-22

本日は、「いい夫婦の日」にちなんで、夫婦の収入と社会保険について、特に「第3号被保険者制度」について考えてみたいと思います。

さて、前回、国民民主党が唱える「103万円の壁の引き上げ効果」について考察した際に、減税を面白く思わない財務省や厚労省は「働き控えの解消」という国民民主党のスローガンを逆手に取って、「第3号被保険者制度」の廃止に切り込んで来るのではないかと指摘しました。

また、両省のみならず、いくつかの労働組合経済団体からも「第3号被保険者制度は働き控えの原因となっている」「第3号被保険者制度は女性の社会進出を妨げている」「第3号被保険者制度は共稼ぎが増えた現代社会にはそぐわない」「第3号被保険者が本来納めるべき国民年金保険料を支払っていないのは不公平である」といった批判が出ており、廃止を望む声がちらほら聞こえて来ます。確かに「第3号被保険者制度」がパート労働者などの働き控えの一因になっていることは否めませんが、ただし、「第3号被保険者制度」が本当に不公平な制度なのかどうか、時代にそぐわない制度なのか、「第3号被保険者制度」を廃止した場合にデメリットはないのかについて、以下考察してみたいと思います。

そこで、「第3号被保険者制度」が廃止され、130万円や106万円の年収の壁が撤廃された場合、一般的な家庭の社会保険料の負担や将来の年金受取額がどう変化するのか、そこにどの様な不公平があるのかをシミュレーションしてみました。なお、単身世帯や個人事業世帯との比較については、また別の議論となりますので今回は試算していません。

次の比較表をご覧ください。こちらをクリックください ⇒ 第3号被保険者制度が廃止された場合の年金負担額と年金受取額の比較表

世帯年収が600万円の家庭をモデルにして、妻(夫婦の年収によっては夫と読み替えて下さい)の年収が0円、106万円、130万円、300万円のケースについて試算しています。妻の勤め先の従業員数が50人以下か51人以上かで社会保険料の負担額が変わりますので、それも考慮しています。

まず、「第3号被保険者制度」がある場合を見てみます。

①夫が600万円を稼ぎ、妻が専業主婦の場合の社会保険料負担額は90万円で、将来の世帯年金受取額は290万円です。「第3号被保険者が本来納めるべき国民年金保険料を支払っていないのは不公平である」という批判についてですが、①の専業主婦世帯と、②の共稼ぎ世帯の社会保険料負担額が同じ90万円で年金受取額も290万円と同じですので、決して専業主婦世帯が負担を免れているわけでは無く、専業主婦世帯では収入の無い妻の国民年金保険料20万円を夫が社会保険料を支払うことで負担している形になっているのです。

②夫と妻の年収がそれぞれ300万円ずつの場合は夫婦ともに勤め先の社会保険に加入しますので、社会保険料の負担額は90万円で、将来の世帯年金受取額は290万円です。

③夫の年収が494万円で、妻の年収が106万円未満の場合の社会保険料負担額は74万円で、将来の世帯年金受取額は267万円です。妻の年収が106万円未満の場合、妻が社会保険に加入する必要はなく、その分社会保険料は少なくなり、これはメリットですが、将来の受取年金額が23万円減少するので、一概にメリットがあるとは言い切れません。

④夫の年収が470万円で、妻の年収が130万円以上の場合の社会保険料負担額は90万円で、将来の世帯年金受取額は290万円です。妻の年収が130万円以上になると妻が第3号被保険者でなくなり、妻が自ら社会保険に加入しなければならなくなります。

⑤夫の年収が470万円で、妻の年収が130万円未満でかつ、妻の勤め先の従業員数が50人以下の場合の社会保険料負担額は70万円で、将来の世帯年金受取額は262万円です。妻は引き続き第3号被保険者ですので、夫の扶養となり、社会保険料の負担は発生しません。これはメリットですが、将来の受取年金額が28万円減少するので、一概にメリットがあるとは言い切れません。

⑥夫の年収が494万円で、妻の年収が106万円以上でかつ、妻の勤め先の従業員数が51人以上の場合の社会保険料負担額は90万円で、将来の世帯年金受取額は290万円です。妻の年収が106万円以上でかつ、勤め先の従業員数が51人以上でかつ労働時間が週20時間以上になると妻は社会保険に加入する義務が発生します。

以上、現状の「第3号被保険者制度」がある場合において、社会保険料のメリットがあるのは、③の妻の年収が106万円未満の場合と、⑤の妻の年収が106万円以上130万円未満で従業員数が50人以下の会社に勤めている場合です。よって、①の専業主婦世帯や②④⑥の共稼ぎ世帯に比較すると社会保険料の負担についてはメリットがありますが、将来の年金受取額が減少しますので、一概にメリットがあるとは言い切れません。

 

続いて、「第3号被保険者制度」が廃止された場合を見てみます。

⑦夫が600万円を稼ぎ、妻が専業主婦の場合の社会保険料負担額は110万円で、将来の世帯年金受取額は290万円です。妻は第3号被保険者から外れ国民年金保険料20万円の負担が発生します。

⑧夫と妻の年収がそれぞれ300万円ずつの場合は、夫婦ともに勤め先の社会保険に加入しますので、社会保険料の負担額は90万円で、将来の世帯年金受取額は290万円です。

⑨夫の年収が494万円で、妻の年収が106万円未満の場合の社会保険料負担額は90万円で、将来の世帯年金受取額は290万円です。第3号被保険者制度が廃止され、妻が勤め先で社会保険に加入する義務が発生します。妻の年収が106万円未満だからというメリットは無くなります。

⑩夫の年収が470万円で、妻の年収が130万円以上の場合の社会保険料負担額は90万円で、将来の世帯年金受取額は290万円です。第3号被保険者制度が廃止されれば、妻は自ら社会保険に加入しなければなりません。

⑪夫の年収が470万円で、妻の年収が130万円未満でかつ、妻の勤め先の従業員数が50人以下の場合の社会保険料負担額は90万円で、将来の世帯年金受取額は290万円です。第3号被保険者制度が廃止されれば、妻は自ら社会保険に加入しなければなりません。妻が従業員50人以下の中小零細企業に勤めるメリットは無くなります。

⑫夫の年収が494万円で、妻の年収が106万円以上でかつ、妻の勤め先の従業員数が51人以上の場合の社会保険料負担額は90万円で、将来の世帯年金受取額は290万円です。第3号被保険者制度が廃止されれば、妻は自ら社会保険に加入しなければなりません。

以上、「第3号被保険者制度」が廃止された場合には原則、全ての世帯の社会保険料負担額は90万円となり、将来の世帯年金受取額は290万円となります。保険料増加額は①と⑦を比較すると20万円の負担増、③と⑨を比較すると16万円の負担増、⑤と⑪を比較すると20万円の負担増です。世帯間の不公平は解消されますが、メリットがあった世帯にとっては明らかな負担増増税です。なお、先程、全ての世帯の負担額が90万円と言いましたが、一つだけ例外があり、⑦の専業主婦世帯については、負担額が110万円と他の世帯よりも20万円多くなります。これは、収入の無い妻が自ら国民年金保険料20万円を負担しなければならないからです。どの世帯も世帯年収が600万円であるにもかかわらず、専業主婦世帯の社会保険料負担額のみが、110万円と、20万円も多く、かつ、将来の世帯年金受取額は290万円で他の世帯と同じという事は逆の意味で明らかに不公平であり、専業主婦世帯に対する増税だと言えます。

このように、現状では、「第3号被保険者が本来納めるべき国民年金保険料を支払っていないのは不公平である」という批判については、上記の比較表を見る限り、専業主婦世帯には当て嵌まらないと言えます。専業主婦の国民年金保険料は夫が社会保険料を支払うことで賄われており、世帯単位で見れば、しっかりと負担されています。家事労働が世帯収入に貢献していると考えれば、稼ぎ手が負担する社会保険料は夫婦二人分に該当すると考えるのが自然ではないでしょうか。一方、妻の収入が比較的低い世帯(106万円未満又は勤め先によっては130万円未満)については他の世帯に比べ社会保険料の負担は軽減されていますので、単純に比較すると不公平と言えるかもしれませんが、将来の世帯年金受取額が他の世帯より少なくなりますので、一概に不公平とは言い切れません。

では、「第3号被保険者制度」を廃止すればどうなるかと言えば、妻の収入が比較的低い世帯(106万円未満又は勤め先によっては130万円未満)と他の世帯との不公平は解消されるかもしれませんが、ただし、妻の収入が比較的低い世帯にとっては負担増、いわゆる増税となります。また、専業主婦世帯にとってはすでに夫の社会保険料で妻の国民年金保険料分を負担しているにもかかわらず、それに加えて国民年金保険料20万円が余分に発生しますので、それこそ新たな不公平を生み出すことになります。さらに言えば、夫一人で600万円を稼ぐ専業主婦世帯は、夫婦二人で300万円ずつ合計600万円を稼ぐ共稼ぎ世帯に比べ、累進課税制度により所得税を約12万円多く負担しています。そもそも、パート収入が低い世帯や専業主婦世帯をターゲットに増税を強いて良いのかどうかは疑問であり、こういう世帯は子育てや介護をしている世帯が多く、「第3号被保険者制度」の廃止は少子高齢化対策に逆行すると言えるのではないでしょうか。しかも、「第3号被保険者制度」によって肩代わりされる「国民年金保険料」は事業主が半額を負担する「社会保険料」に比べ、将来受け取れる老齢年金が少なくなるので、「第3号被保険者」はもともと不利な立場に置かれているのです。

 

また、「第3号被保険者制度は女性の社会進出を妨げている」という批判について言えば、「第3号被保険者制度」を廃止したからと言って女性が働きやすくなるわけではなく、女性が働きにくさを感じている一番の原因は「『子供を産み育てることの大切さ』や『育児と仕事を両立することの難しさ』への社会の理解や共感が進んでいないこと」「育児と仕事を両立させるための社会インフラが十分でないこと」そして、「その負担が女性に偏っていること」にあるのではないでしょうか。日本では不幸にして、バブル崩壊後、団塊ジュニア世代が就職氷河期に見舞われ貧困化したことによって第3次ベビーブームが起こらなかったことが、少子高齢化の最大の原因となったとは言え、「男女雇用機会均等法」の導入以降、女性の社会進出を促しておきながら、「安心して産み育てるための充実した社会インフラの整備」や「子は国の宝という価値観の醸成」をなおざりにして来た政府の無策が、育児と仕事の両立を妨げ、少子高齢化を加速させ、人手不足を招いたのではないでしょうか。厳しい言葉で言えば、国も国民も子育て世代に冷たかったのです。

例えば、民主党政権時代に「子ども手当」「高校授業料の無償化」など子育て世代への支援策が導入された一方で、「年少扶養控除の廃止」「高校生の特定扶養控除の廃止」など子育て世代への増税が同時に行われたことは周知のとおりで、これなどはまさに、子育て世代の中での予算の付け回しであり、政府が本気で子育て世代を支援していこうと考えていたのか甚だ疑わしいですね。

世の中には、社会に出てバリバリ働きたい人や働ける人ばかりではなく、パート勤務をせざるを得ない人や外で働けない人、仕事よりも子育てをしたい人、家事に専念して配偶者を支えたい人、出産、育児、介護などのためにパート勤務や内職を選択した人など、様々な事情や価値観、家庭の形があるわけで、そもそも「第3号被保険者制度」はそんな収入が少ない配偶者の将来の年金を確保するためのセーフティネットとして導入された経緯があり、今もその役割に変わりはありません。「第3号被保険者制度」を悪者にして批判している人たちは、女性の社会進出を妨げている本当の原因から目をそらし「第3号被保険者制度」に責任を擦り付けているようにしか見えません。

 

また、「第3号被保険者制度は共稼ぎが増えた現代社会にはそぐわない」という批判について言えば、共稼ぎが増えたと言ってもパワーカップルのような高所得世帯が増えたわけではなく、パート勤務の低所得世帯が増えたのであって、「第3号被保険者制度」を廃止して負担が増えるのはこのような低所得世帯だということです。

 

また、働き控えが起こるのも「第3号被保険者制度」が悪いのではなく、悪いのは収入が、106万円や130万円になった途端にいきなり手取りが減る仕組みであって、働き控えを解消したいのであれば、その手取りの減少を緩やかにするための補填を国がすればいいのです。

例えば、税制では「配偶者控除」の103万円の壁を「配偶者特別控除」で201万円にまで緩和しているように、社会保険についても106万円や130万円の壁を超えたときに新たに発生する社会保険料の負担を緩やかにするための仕組みを導入すればいいのです。例えば「給付付き税額控除制度」などは一つのアイデアだと思います。官僚や与党に任せてしまうと、すぐに財源問題を持ち出し増税と抱合わせの方向に話を持って行かれがちなので、「手取を増やす!」という減税の方針がぶれないように、納税者としては注意深く見守って行くしかないでしょう。

「年収の壁」 103万円の壁  106万円の壁 130万円の壁

2024-11-13

先日の衆院選において、国民民主党が「手取りを増やす!」というわかりやすいスローガンで大幅に議席を増やし、今、与野党間協議では「103円の壁を突破できるか」が焦点になっています。

しかし、103万円の壁が178万円に引き上げられたとしても、配偶者の年収が130万円を超えてしまうと第3号被保険者の資格を失い、配偶者に社会保険料の負担が発生することで、逆に手取りが減るという問題は残ります。

そこで、「現状」「103万円の壁が178万円に引き上げられた場合」を比較し、妻の年収が103万万円129万円131万円178万円300万円のそれぞれで、世帯の手取がどう変わるのかをシミュレーションしてみました。

つぎの一覧表をご覧ください。 クリックして下さい⇒ 103万円の壁が178万円に引き上げられた場合の世帯手取りの比較

この表によりますと、年収の壁が103万円から178万円に引き上げられることで、世帯の手取りは確実に増えることがわかります。

ただし、社会保険料の130万円の壁の影響は相変わらず解消されていません。

例えば、「現状」では妻の年収が129万円から131万円に2万円増えたにもかかわらず、逆に、世帯の手取りが592円から577万円に15万円減っています。これは妻に社会保険料の負担20万円が発生したためです。

同様に、「103万円の壁が178万円に引き上げられた場合」でも、妻の年収が129万円から131万円に2万円増えたときの世帯の手取りは612万円から594万円に18万円減っています。こちらも、妻の社会保険料の負担20万円が発生したためです。

税務上の103万円の壁を178万円に引き上げれば、世帯の手取りは増えますが、社会保険料の130万円の壁が立ち塞がり、配偶者の働き控えの問題は残ります。配偶者以外の扶養家族、例えばアルバイトをしている子供などの働き控えについては税務上の壁103万円を引き上げることで解消されるでしょうが、配偶者の働き控えについては、税務上の年収の壁と同じ金額まで社会保険料の壁を引き上げないと効果はありません。

さらに言えば、従業員数51人以上の会社に勤めている人が週20時間以上働き、かつ年収が106万円以上になると、社会保険の加入義務が発生する、いわゆる「106万円の壁」働き控えの大きな要因となっています。

働き控えを解消するためにはこの「106万円の壁」を引き上げるなど、基準を甘くすることなのですが、厚労省が長年やって来たことはこの壁の基準をより厳しくすることであり、昨今では企業要件年収要件を外し、中小零細企業であっても週20時間以上働けば社会保険の加入義務が発生するという方向で法改正の議論が進められているようです。厚労省の基本スタンスは「第3号被保険者制度」を撤廃し社会保険の加入者を増やすことで、年金財源を確保すると同時に、働き控えも解消していこうとするものです。財務省もまた、未納率の高い国民年金の財源に税金が投入されている現状を憂慮し、「第3号被保険者制度」を撤廃し社会保険に移行していくべきだと考えています。よって、税務上の103万円の壁については上げる方向で話は進んでいますが、社会保険に関する106万円や130万円の壁は下げる方向か又は撤廃の方向で話が進んでいるのが現実です。いわゆる増税の方向ですね。

ところで、「第3号被保険者制度」を撤廃し、国民年金から社会保険に移行するとどうして増税になるかと言いますと、①約700万人いる第3号被保険者が国民年金保険料を支払うことになるから、②働き控えをしていた第3号被保険者が新たに勤務したり、その労働時間が増えることで社会保険料の徴収額が増えるから、③労働者が負担する社会保険料とほぼ同額の社会保険料を事業主が負担することになるから、④定額の国民年金保険料と異なり社会保険料は給与に比例して上がっていくから、⑤徴収事務を事業主に課すので徴収漏れが少なくなるからなどの理由があげれます。

今回、「税務上の103万円の壁の引き上げ」で大きな減税が期待されていますが、財務省や厚労省が簡単に野党の減税策を受入れるとは考えにくく、減税の見返りとして、国民民主党が唱える「働き控えの解消」というスローガンを逆手に取って、「第3号被保険者制度の撤廃」という増税の本丸に切り込んで来るかもしれません。納税者としては、国民民主党が唱える「手取りを増やす政策」が官僚たちによって骨抜きにされないよう、注意深く見守っていく必要があるのではないでしょうか。

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