内需主導型の日本で、消費税の増税は自らの首を絞める

2023-09-23

先日、経団連は2024年度税制改正に関する提言において、「少子化対策を含めた社会保障制度の財源確保の手段として、中長期的な消費税の増税が有力な選択肢の一つである」と明言した。今までも、経団連によるこのような提言はされて来たが、それにしても、経済界を代表する組織が景気にとってマイナスとなる消費増税に常に前向きな姿勢であるのはどうしてだろうか?この理由については何人かの専門家が興味深い見解を示している。

一つは、消費税が社会保障費の財源に充てられるようになった現状では、企業がその半分を負担する社会保険料のアップよりも、消費者に広く負担を求める消費税アップの方が企業の負担が少ないからということ。

もう一つは、輸出免税による消費税の還付額は消費税率が高いほど増加するので、輸出企業が多く所属する経団連にとって消費税の増税はむしろメリットであるということ。

以前であれば、たとえ経団連に所属する大企業にメリットがあったとしても、消費増税については中小企業を含めた経済全体への影響が大きいので、経済団体のトップが表立って消費増税を容認することは少なかったと思うが、2012年の「社会保障と税の一体改革」により消費税が社会保障費の財源に認められたことを契機に、まるでお墨付きをもらったように、こういう提言が堂々とされるようになってきた。

いずれの理由も、経団連に所属する大企業にとってはメリットがあるかもしれないが、日本経済全体にとって、消費税の増税が本当に良いことなのかどうか一考の余地があるように思われる。

 

ところで、経団連が消費増税を容認している理由の一つに「輸出企業は消費税還付で得をするから」というのがあるが、輸出企業が消費税還付で丸得しているわけではない。

例えば、内需100%の企業と、輸出100%の企業について、消費税率の変化がキャッシュフローにどう影響するかを、消費税率が0%と10%で比較してみる。

1.消費税率0%

内需企業、輸出企業共に

仕入80+消費税0=80  売上100+消費税0=100

利益 100-80=20    消費税 0-0=0

キャッシュ残高 20-0=20

 

2.消費税率10%

内需企業

仕入80+消費税8=88  売上100+消費税10=110

利益 110-88=22    消費税 10-8=2 →納税

キャッシュ残高 22-2=20

輸出企業

仕入80+消費税8=88  売上100+消費税0=100

利益 100-88=12    消費税 0-8=-8 →還付

キャッシュ残高 12+8=20

 

以上の比較から、内需企業も輸出企業も、消費税率にかかわらず税引後のキャッシュ残高は20で、全く差がないことがわかる。よって、「輸出企業が消費税還付で得をしている」という言い方は正しくない。

ただ、輸出企業が優遇されていないわけではなく、輸出企業については輸出振興策の一貫として、国内の消費税に影響されないように税制が作られている。日本の消費税率が0%であろうが、10%であろうが、その税率に関係なく、それまでと同じ100で輸出できる仕組みとなっているのだ。よって、消費税率が変わっても輸出価格は変わらないので、購入する海外の企業や消費者は購買行動を変えることはなく、輸出企業は消費税が増税されたからと言って、売上が下がることはないのだ。

一方、内需主導の企業の場合、消費税率が上がると日本国内の消費者の購買行動が変わるので、消費税の増税に大きく影響を受ける。

例えば、1個10円の商品を100個販売する企業があるとして、消費税率が0%の時は、その売上高は1000円(10円×100個)である。

しかし、もし、消費税率が10%となった場合1個当たりの単価は税込みで11円(本体価格10円+消費税1円)となり、購入側の購買力が1000円と変わらない場合、90個しか売れなくなる。(計算は1000円÷11円=90個)。10個が売れ残ることになるのだ。この場合のこの企業のキャッシュ残高を計算すると、消費税が無い場合は1000円が丸々企業の手元に残り、消費税が10%の場合は、910円しか残らない。(計算は売上高1000円-消費税納税額90円(1円×90個)=910円)。つまり、購買力1000円のうち90円が税金として国のものになり、企業の取り分は910円となる。企業に残るお金は消費税導入前より90円減るのである。企業が同じ努力をして、取り分が90円減るわけだから、企業収益が圧迫されるのは当然であり、企業収益が圧迫されれば、人件費などの経費を削減したり、将来への投資を減らしたりと、日本国内の景気は縮小せざるを得なくなる。

つまり、輸出企業が大半の国であれば、消費税を上げても影響は少ないが、内需企業が多い国の場合、消費税の増税は国内景気に強く影響を及ぼしてしまうのだ。

 

日本が「輸出依存型」の国であれば消費増税の影響は比較的少なくて済むが、残念ながら日本は「内需主導型」の国である。それをわかりやすく示しているのが、「対GNP輸出依存度」というものであり、日本の「対GNP輸出依存度」は約18%である。裏を返せば、内需依存度が82%ということだ。

ちなみに、諸外国の「対GNP輸出依存度」は、オランダ83%、ドイツ47%、スウェーデン46%、ノルウェー38%、カナダ31%で、輸出依存度が30%を超えている国はその他に、イギリス、フランス、イタリア、スペイン、オーストリア、デンマークなど、ヨーロッパ主要国のほとんどが30%を超えている。数字を見れば火を見るより明らかで、日本の輸出依存度はヨーロッパ諸国に比べ遥かに低い。つまり、日本はGNPの8割以上を内需に依存している「内需主導型」の国であり、消費税の増税は国内経済にダイレクトに響いてくるのだ。

実は、EU加盟国の消費税率は最低15%と決められていることもあり、消費税率が20%を超えている国は、ヨーロッパ諸国が圧倒的に多く、ヨーロッパ諸国が高い消費税率に耐えられるのは、一つには、輸出依存度が高いからと言える。ちなみにアメリカの輸出依存度は12%で日本より低く、そのアメリカは消費税を導入していない。

あまり知られていないが、アメリカではヨーロッパ型の付加価値税(消費税)は導入されておらず、州ごとに売上税があるだけである。税率も0%から約10%で平均7%ぐらいと、日本よりも低い。しかもアメリカの納税の仕方は、日本やヨーロパの付加価値税のように、全ての事業者が売上の消費税から経費の消費税を差引いて納税するのではなく、最終消費者を相手にする事業者だけが顧客から預かった売上税を顧客に代わって直接納付する仕組みとなっている。ゴルフをされる方ならご存知だと思うが、アメリカの売上税はゴルフ場利用税とよく似た税金なのだ。アメリカがヨーロッパ型の付加価値税を導入しないのは、一つには各州ごとに経済事情が違うことを考慮してのことだろうし、また、内需主導型のアメリカ経済にとって、付加価値税が景気の足を引っ張ることを良くわかっているからであろう。

 

さて、10月1日からはインボイス制度も開始され、今まで消費税が免除されていた事業者も消費税を納めざるを得なくなる。消費税については増税の話題しかないが、日本における法的な消費税の増税は、1989年に消費税が日本に初めて導入されて以来34年間で、3%から5%(1997年)、5%から8%(2014年)、8%から10%(2019年)の3度あった。その増税のたびに日本の景気は腰折れし、1990年のバブル崩壊以降、日本は未だデフレのトンネルから抜け出せずにいる。いや、デフレどころか、ウクライナ戦争や円安、半導体不足やオイル高による「インフレ」と、「景気後退」が同時に起こる「スタグフレーション」に突入してしまった感がある。

そんな中で、令和4年の日本の税収が史上最高の70兆円を記録したと聞くと、「獣を得て人を失う」とは正にこの事かと呆れざるを得ない。

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