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西村大臣「マスクをしていても屋外の普通の会話で感染する」

2021-05-03

西村大臣が非常に気になる発言をした!

ニュースによると、本日、西村大臣は民放の番組で「変異株の感染力は強く、マスクをしていても屋外の普通の会話で感染する。マスク着用時も距離を取るようお願いする」と発言した。

これは、コロナ対策を根底から覆す重要な発言である。今までは「会話をするときに、人との間隔を十分に取れない場合はマスクをする」というものであった。つまり接近していてもマスクをすれば会話は大丈夫だった。それが「マスクをしていても距離を取らなければならない」と対策が変更されたのだ。

「屋外・マスク着用・普通の会話」、という常識的には非常に感染しにくい環境で感染するということは、原則、「マスクをしていても近くで会話をしてはいけない」ということだ。そうすると、昨日も触れたが、吉村知事黒川知事が推奨する「マスク会食」はほとんど意味の無い対策ということになる。さらに、「濃厚接触者の定義」も変更しなければならないのではないか。今まではマスクをしていれば除外されていたが、今後は、1メートル以内で15分以上会話するとすべて濃厚接触者になるということである。

それにしても、西村大臣の発言は、本当に科学的根拠に基づいているのだろうか?

今までの常識では、「飛沫感染」は普通の会話程度であれば、マスクから漏れ出す飛沫の量が非常に少ないので、感染させうるだけの量にはならないと考えられてきた。専門家の意見も総じてそうである。専門家によってはマスクをしなくても静かに会話をすればその飛散量はかなり少ないという意見もある。にもかかわらず、変異株はこのわずかな飛沫量でも感染させるだけの強い感染力があるというのか?どのようなメカニズムなのだろうか?

西村大臣昨日の会見では「外飲み」を取り上げ「屋外でマスクをしていても、大きな声で会話すると感染する」というものであった。しかし、今日になって「普通の会話」でも感染すると発言内容が変わった。西村大臣の中で、昨日よりも今日の方が「変異株」の感染力はより高まったのだろうか。勘繰りたくはないが、本当はさしたる根拠がないのに、ただ感染拡大を抑えたいがために、少ない事例をさも全体のことのように大袈裟に言ったのではないだろうか。だとしたら、国民の不安を煽るだけで、自粛に協力している国民に対して不誠実としか言いようがない。政府や専門家はこれまでも「このまま何もしなければ42万人が死ぬ」とか「今すぐ対策を講じなければニューヨークの様な惨状になる」とか、散々大袈裟な表現で国民を操ろうとしてきたが、そのようなやり方はもう限界である。政府が不誠実な態度を改めない限りあらゆる対策は無意味なものになるであろう。

 

「マスク会食」の愚

2021-05-02

大阪の吉村知事「マスク会食の義務化」を要請したときには、こんなバカげたことを本気でやろうとしているのかと呆れたが、今度は神奈川県の黒岩知事がなんと「マスク飲食実施店認証制度」を始めたのだ。その内容は、飲食店から申請があれば、県の確認スタッフがマスク会食の実施状況をチェックし、審査に合格すれば「マスク飲食実施店認証書」を当該店に交付する。その後、確認スタッフやウェブサイトの書き込み、県民モニター(いわゆる覆面調査員)による潜入調査などにより評価され、特に優れた店は「マスク飲食完全実施店」として県が表彰するというものだ。その上で「マスク飲食実施店」には時短要請を解除するという特典を与えることも検討されている。認証店は約200店を予定しているとのこと。県民モニターは公募により集め、1店舗当たり2500円の報酬が支払われる予定。

この話を聞いて、黒岩知事、正気ですか?!と思わず自分の耳を疑った。黒岩知事は「ミシュランガイドの調査と同じような前向きなものだ」と言うが、ウェッブサイトへの書き込み覆面調査員による報告で認証が取り消されることもあるリスクの高い制度を、時短営業で苦しめられている飲食店がまともに相手にするだろうか?そもそも、知事はマスク会食が強制される飲食店を客が利用するとでも思っているのだろうか。そのような店は敬遠され、たとえこの制度で時短営業が解除されたとしても客足が戻らないことは想像がつく。しかも、認証するのはたった200店というから、ほとんどの店には全く関係の無い制度であり、感染拡大防止に効果があるとは到底思えない。まさに税金の無駄遣いであり、知事のパフォーマンスに過ぎない。そんなことよりも、こういう覆面調査員を使ってどうこうするという知事の発想自体が、戦前の「隣組」による相互監視密告を想起させ、どうにも気持ちが悪い。

日本よりも桁違いにコロナ陽性者が多い欧米諸国でさえも、「マスク会食」のような愚行をやっている国は聞いたことが無い。吉村知事黒岩知事も、効果のある感染防止策を思いつかないからと言って、やっている感を出すためだけに、無意味な対策をするのだけはやめて欲しい。国民が苦しむだけである。なにも思いつかないのなら、何もしないのが、最良の策である。

ちなみに、少し話はそれるが、先日テレビで吉村知事が言っていたことでとても気になったことがあった。昨年の夏、吉村知事は「イソジンはコロナに効く」と記者会見を開き科学的な根拠が無いとバッシングされたが、なんと、イソジンがコロナに効くかどうかの研究を未だやっているらしい!もしこれに大阪府の予算が1円でも使われていたら噴飯ものであるが、どなたかご存知の方はいるでしょうか?

ところで、本日、西村大臣は記者会見で、「外飲み」を例に挙げ「変異株については屋外でマスクを付けていても、至近距離で大声でしゃべれば感染するという事例が相次いでる」と警戒を呼び掛けたが、もしこれが本当であれば、マスクを付けているから感染しないということではなく、大声で話すかどうかが問題であるということを政府が公式に表明したわけで、吉村知事の「マスク会食の義務化」や黒岩知事の「マスク飲食実施認証制度」のようなマスク着用の有無だけにこだわった対策には意味が無いことを示唆しているのではないか。要するに、以前から専門家が指摘しているとおり、マスクをしようがしまいが、どんちゃん騒ぎをすれば飛沫が飛んで感染し、逆に、静かに会食すれば感染しないということである。

それを実践しているのがニューヨーク市である。1回目のワクチン接種が50%近くまで進んだニューヨーク市は「飲食店でコロナ感染が拡がっているエビデンスは無い」として、飲食店の営業時間を深夜12時まで延長し、7月以降は経済活動を全面再開すると発表した。研究機関の調査によると、普通に会食することで感染するわけではなく、パーティなどのようなどんちゃん騒ぎが感染を拡大させるという結論に至ったとのことである。

ニューヨーク市の人口は850万人で、大阪府とほぼ同じ規模の都市であるが、これまでの累計陽性者数が90万人、累計死者数が32,000人に及ぶ。大阪府の累計陽性者数が8万人、累計死者数が1600人なので、ニューヨーク市は大阪府の陽性者数で10倍死者数で20倍の被害が出たわけだ。ワクチン接種が進んだとはいえ、現在でも1日の陽性者数は1000人を下らず、感染拡大で大騒ぎしている大阪府の陽性者数と変わらない。そのニューヨーク市が研究機関のエビデンスに基づき、経済活動をどんどん再開していこうとしているにもかかわらず、大阪府は依然、効果があるのか全くわからない、「飲食店の時短営業」や「マスク会食」をやり続けようとしている。日本の知事たちはもはや冷静な判断ができないほど追い込まれているのかもしれない。結局、医療体制を拡充してこなかった付けが、今頃になって回ってきているとしか言いようがない。

 

 

またしてもピークアウト後の「緊急事態宣言」 

2021-04-22

吉村知事は、一昨日の4月20日、「緊急事態宣言」を政府に要請したが、同じ過ちを何度繰り返すつもりなのだろうか。3週間前に「まん延防止等重点措置」を要請した時にも全く同じ指摘をしたが、昨年の4月7月、そして今年の1月のいずれも陽性者数の増加がピークアウトしたあとで「緊急事態宣言」や「飲食店の時短要請」が出されたことは明らかで、なぜ過去の経験から学ぼうとしないのか。昨年4月の「緊急事態宣言」が空振りだったことは大阪府の専門家会議でも指摘されていたはずで、吉村知事は何を学習してきたのだろうか?

実は、今回の大阪府の陽性者数の推移を週ごとに見て行くと、既に感染拡大は収束に向かおうとしていることがわかる。

陽性者数の増加が頭を持たげ始めたのは3月8日から始まる週でその週の陽性者数は636人で、前週比増加率は1.16倍であった。その後3月15日の週の陽性者数は857人で前週比増加率は1.34倍、そして3月22日の週は1799人で増加率は2.09倍となり、このころが最も陽性者数の増加率が高かった。その後その翌週の3月29日の週の陽性者数は3731人で増加率は2.07倍となり、この週で増加率が頭打ちとなった。その翌週の4月5日の週の陽性者数は5405人で増加率は1.44倍、そして、先週4月12日から始まる週の陽性者数は7630人で増加率は1.41倍となり、とうとう増加率は減少傾向に入り始めたのだ。先週は1日当たりの陽性者数が1200人を超えテレビは大騒ぎしていたが、実際の増加率は3月29日あたりにピークアウトしていたと言える。

そして、今週になって月曜、火曜、水曜の増加率は1.1倍前後で、本日4月22日木曜日の陽性者数は1167人で先週の木曜日の1208人に比べ0.96倍と増加率がマイナスに転じており、このままいくと今週の増加率は1.0倍前後に落ち着くのではないか。つまり陽性者数も今週でほぼ頭打ちになる可能性が高い。

そうすると、今発表されている陽性者数はほぼ2週間前の数字なので、4月8日頃には陽性者数はピークアウトしていた可能性が高く、今回発出されようとしている「緊急事態宣言」は昨年の4月、今年の1月に続きまたしてもピークアウト後の「緊急事態宣言」ということになる。つまり、「緊急事態宣言により感染拡大が抑えられる」という幻想は3度にわたり否定されようとしている。

では、いったいどうして感染拡大は自粛などの対策をしなくても一定期間で収束するのだろうか?これについては京大の宮沢准教授「目玉焼きモデル」がうまく説明してくれている。感染の拡大は無差別に拡がるのではなく、主に「感染しやすい集団」内で拡がる。そして、その集団の周辺には、「それほど感染しない集団」「ほとんど感染しない集団」があり、感染拡大は感染しにくい集団が壁になり、それ以上拡がることを抑える効果があるという理論である。日本の場合「感染しやすい集団」とはいわゆる夜の街騒々しい飲食店寮などの集団生活で、「それほど感染しない集団」とは通常の生活をしている人一般の飲食店で、「ほとんど感染しない集団」とは100分の1作戦(※)をしている人巣ごもりしている人という分類である。陽性者数のグラフがおおよそ、1カ月~2カ月間増加し、その後1カ月ぐらいで減少していくパターンが多いのは、「感染しやすい集団」内での集団感染が成立するのが1~2カ月かかるからである。その「感染しやすい集団」内の「人数」が多いと陽性者数のグラフの山が高くなり、その「集団の数」が次から次へと増えていくとピークの期間が長くなる。今回の大阪の陽性者数の山が高かったのは、「感染しやすい集団」内の「人数」が多かったことと、その「集団」があちこち同時多発的に燃え上がったことが重なったからだと見られる。

(※100分の1作戦とは宮沢准教授の理論で、感染するには一定以上のウイルス量が必要で、ウイルス量をピーク時の100分の1程度にできれば感染することは無いというもの。対策としては、流水での15秒程度の手洗い汚い手で目鼻口を触らない会話するときはマスクをするといった対策を心がければ極端な自粛をする必要は無いというものである)

要するに、日本人の今の生活習慣のもとでは、一旦感染が拡大しても一定期間で収束するのがコロナウイルスの増減の特徴となっており、「緊急事態宣言」などの極端な自粛は不要ということである。よって、「百貨店・映画館・テーマパーク・大規模商業施設の休業」、「スポーツイベントの中止」、「小中学校のリモート授業」といった感染拡大とほとんど関係のない場所、いわゆる「それほど感染しない集団」に対して対策をやろうとしている今回の大阪の「緊急事態宣言」は、感染拡大を抑える効果が無いどころか、「補償」が不十分であることから、経済をいたずらに疲弊させる「愚策」としか言いようがない。

何度も言うようだが、大阪の問題点は医療体制が脆弱すぎるということであり、病床数の確保こそが現状の喫緊の課題であることは吉村知事もわかっているはずである。その最も重要な課題から目をそらし、効果があいまいな「緊急事態宣言」に逃げるようでは、助かる命も助からない。しかも「緊急事態宣言」はその効果の不確実性と相反し、確実に経済を疲弊させ廃業失業そして自殺といった副作用をもたらす「劇薬」である。つまり「緊急事態宣言」はコロナ患者の命を救えないどころか、経済的困窮による「自殺者」を増加させるということで、二重の意味で罪作りな「愚策」である。吉村知事は「緊急事態宣言」というリスクが高く、ベネフィットがほとんど無い無意味な対策に血税を投じるのではなく、1円でも多くの予算を病床看護師の確保に使い、「医療体制の拡充」に本気で取り組むべきである。少なくとも「改正感染症法」で追加された、「病院への協力要請」、「勧告」、「病院名公表」というカードをビシバシ切りながら、医師会の分厚い壁を切り崩し、病床数確保に邁進してもらいたい。とにかく、「医療の問題」を「感染拡大の問題」にすりかえるような誤魔化しをやめ、医療拡充に真正面から向き合って欲しい!

コロナ禍の1年を振り返って

2021-04-01

大阪府のコロナ陽性者数が600人を超え、吉村知事「まん延防止等重点措置」を要請するようだが、同じ過ちを何度繰り返すつもりなのだろうか。昨年の4月、7月そして今年の1月も、問題になったのは医療体制のひっ迫であり、医療体制さえひっ迫しなければ、日本程度の陽性者数であれば、緊急事態宣言など出す必要はないのである。

昨年4月の時点であればまだしも、あれから1年が経過してもなお、医療体制がひっ迫すると言うならば、それはもはや感染拡大のせいではなく、政府や自治体の無策、怠慢のせいと言っても過言ではない。

なぜ政府や自治体は、医療体制の拡充に手を付けず、飲食店への規制しか考えないのか?

すでに、大阪の飲食店は昨年の11月から4か月以上も時短営業を強いられているが、そもそもこの対策自体、本当に効果があるのだろうか?時短営業を4か月間やり続けたが、陽性者数はそのような対策お構いなしに増減を繰り返している。陽性者数のグラフを見ると、「緊急事態宣言」発出直後から陽性者数が減少しているように見えるが、グラフは2週間前の姿を示しているので、実際は「緊急事態宣言」の2週間前にピークアウトしていたのだ。しかも「緊急事態宣言」に効果があるならば、「緊急事態宣言」発出後2週間以降の陽性者数の減少率が大きくなるはずなのに、減少率はほとんど変わらなかった。これは昨年の4月も今年の1月も同じであった。また、今年1月の場合「緊急事態宣言」を出していない自治体もあったが、それらの自治体も「緊急事態宣言」を出した自治体と同じように陽性者数は減少したのだ。つまり、「緊急事態宣言」を出しても出さなくても陽性者数の減少には影響がなかったと言えるのである。もし、「緊急事態宣言」や「時短営業」に効果があると言うならば、政府や知事は上記のような現象について説明すべきであるし、効果があるというエビデンスを公表すべきである。実際クラスターの感染源については政府の発表でも飲食店の割合は1割ぐらいとかなり低いことがわかっている。また、専門家によるとコロナの場合「飛沫感染」と同時に排泄物からの「糞口感染」が指摘されており、トイレなどの衛生管理がより重要と言われている。そうなると、飲食店の対策よりも、病院や高齢者施設、介護施設などのトイレや汚物処理などの衛生管理がどうなっているかがポイントであり、おのずと対策も変わってくる。もし「時短営業」の効果がごく限定的であるとすれば、飲食店やその関連業種を苦しめているだけであり、また支援金そのものが無駄であり、われわれ納税者に対しても無責任と言わざるを得ない。

私の顧問先の飲食店オーナーも「アクリル板を設置したり消毒や換気など、国が指し示す感染対策に従っているにもかかわらず、営業時間まで制限されるのは納得がいかない。しかも夜8時までと言われたら夜が中心の店なので売上げは半減どころか実質休業しているのと変わりない。昼も夜もできる店と夜が中心の店で、補償額を変えてもらわないと不公平である。効果があるのか無いのかわからない対策にだらだらと何カ月も付き合わされる我々の身にもなってもらいたい。」と、知事が出す対策について全く納得していない。

しかし、このように窮地に追い込まれている飲食店経営者の痛みを、国民の大半は対岸の火事としてあまり気にかけておらず、相変わらず飲食店の時短営業一本鎗の吉村知事小池知事の対策を評価し、それどころか「ロックダウンして国民全員がステイホームすべきだ!」といったより厳しい対策を求める声もある。

いつの間にかわれわれ国民はマスコミが毎日垂れ流すコロナ情報に洗脳され、コロナの呪縛から逃れられなくなっているのではないだろうか?例えば、当たり前の光景になってしまったが、屋外でもほとんどの人がマスクをしているが誰もおかしいとは思っていない。もともとは「至近距離で会話するときの飛沫防止のためにマスクをつけるべきだ」というものだったが、ワイドショーがマスク無しで歩いている人を捕まえて「なぜマスクをしないのですか?!」と詰め寄るようなリポートを繰り返し放送したので、みんな外でもマスクをしなければならないと洗脳されてしまったのだ。こういうことは他にもあって、「満員電車は放置されているのに屋外で行われる聖火リレーの密は問題になる」「小中高生は学校に行けるのに、大学生は行けない」「マスコミがPCR陽性者を感染者と言う」「PCR検査の感度(CT値)が国や検査機関によってまちまちであり、日本は世界的にも特に高く設定されている」「死亡原因がコロナでなくてもPCR陽性であればコロナ死としている」「未だにコロナが致死率50%のエボラ出血熱と同じ扱いになっている」「日本の陽性者数が欧米諸国に比べ桁違いに少ないのに日本だけが医療ひっ迫をする」・・・これらコロナ禍で放置されている様々な疑問や矛盾について、われわれ国民はもう一度真剣に考え直してみるべきではないだろうか。

以下ここからは、コロナ禍の1年を振り返り、日本人にとってコロナとはいったい何だったのか、なぜこれほどまでにわれわれは苦しめられているのかについて総括し、「コロナという呪縛」から抜け出す解決方法について提案したい。

 

1.コロナウイルスを過大評価してしまった日本人

コロナによる死亡者の中にはコロナが直接的な原因ではない人もかなりの数含まれているのでデータを鵜呑みにできないが、今あるデータだけを見れば、日本人にとって新型コロナウイルスとは、感染力はインフルエンザの約20分の1(50万人対1000万人)で、致死率はインフルエンザの約20倍(2%対0.1%)なので、死亡リスクはインフルエンザとほぼ同じぐらいと考えられる。しかもインフルエンザはワクチン接種をしての数値なので本質的な死亡リスクはコロナの方が低いのではないだろうか。ちなみに一見するとコロナの致死率がインフルエンザの20倍と極端に高いと感じられると思うが、インフルエンザの致死率が低いのは、インフルエンザの患者の7割が致死率が低い20歳未満の若年層なので、全体の致死率を大きく下げていると言える。よってインフルエンザも高齢者だけを分母にした致死率はコロナと比べ決して低いとは言えない。

また日本は、欧米諸国と比較しても、陽性者数死者数25分の1から30分の1と圧倒的に少なく、日本においては、欧米諸国のように大騒ぎするようなウイルスではなかった。皆さんは欧米諸国と日本の陽性者数を同じグラフに描いた図をご覧になったことがあるだろうか。よく探さないと日本の折れ線がどこにあるかわからないぐらい、日本の陽性者数は欧米に比べ少ないのである。

にもかわらず、厚労省がコロナウイルスを「1類相当の2類感染症」に指定しエボラ出血熱並みの扱いをし、マスコミが欧米諸国の悲惨な状況を繰り返し報道し、極め付きは専門家会議のメンバーが「このまま対策をしなければ42万人が死亡する」と発表したため、日本人は必要以上にコロナウイルスが恐ろしいウイルスであるという先入観を植え付けられた。特に昨年3月に志村けんさんが亡くなったことで、高齢者にとっては「死の病」という印象が強く残ってしまった。

2.マスコミの煽り報道

それにしても、テレビのコロナ報道のしつこさには辟易する。どのチャンネルも毎日毎日、朝から晩まで、手を変え品を変えコロナの危険性を伝えることに終始した。両論併記という報道の原則を破り「コロナの危険性はそれほど大きくはない」と言う専門家の意見は取り上げず、ことさらコロナは危険であると主張する専門家ばかりを出演させた。それどころか、専門家から取材したVTRの編集を意図的に捻じ曲げたりしている。ある専門家が「欧米でのPCR検査は日本よりかなり多いが、日本はいたずらにPCR検査を増やすべきではない」という発言をしたにもかかわらず、「欧米でのPCR検査は日本よりかなり多い」という箇所だけを使い、PCR検査を増やすべきだという意見にすり替えて放送したのだ。この放送後その専門家は自分の意見と真逆の意見に編集されていることに怒り放送局に抗議している。ほかにも昨年4月にコロナの死亡者が42万人になるいうとんでもない予測をした専門家のデータを今年になってからでもまだ使用していたりする。コロナの恐怖はまさにマスコミが創り出した恐怖であり、国民はこの1年間マスコミ報道に翻弄され続けた。先日テレビを見ていて驚いたのは、大阪府の陽性者数が300人を超えただけで「ニュース速報」が流れたのだ。番組に水を差してまで視聴者に伝えるべきニュースなのか?とあきれ果てた。国民の8割が緊急事態宣言を支持し、東京五輪開催に批判的である理由は、このようなマスコミのあおり報道が原因であることは間違いない。政府がGotoキャンペーンを中断せざるをえなかったのも、マスコミに先導された世論に抗うことができなかったからだ。さらに、厚労省がコロナの「指定感染症2類」を解除しないのも、もし解除して感染が拡大した場合に、マスコミや世論からバッシングを受けることを恐れてのことだろう。マスコミの煽り報道は、世論を巻き込み、冷静な政治判断をも歪めてしまっているのだ。

そして、コロナ報道の一番の被害者はテレビが主な情報源の高齢者である。高齢者は我々が思っている以上にコロナ恐怖症にかかっていて、テレビから流れるコロナ情報に毎日さらされ精神的に参っている人が多い。外出できず足腰が弱ったり、認知症が進んだり、運動不足で免疫力が低下し、逆にコロナにかかりやすくなっているとも聞く。また、お盆や正月には帰省を禁じられ孫にも会えず、高齢者施設の利用者は家族にも会えない。さらに、がんで亡くなってもPCR陽性だとコロナ死と判定され、葬儀はもちろんのこと遺族との最後のお別れもできず、病院で納体袋に密閉されその日のうちに火葬場へ送られる。なんと人権を無視した無慈悲な仕打ちであろうか?コロナが「指定感染症2類」である限りわれわれはこのような措置に従わざるを得ないのだ。医学的にコロナは大したウイルスではなかったが、マスコミの執拗な偏向報道と煽り報道によって、社会的に凶暴なウイルスに変異させられたと言えるだろう。

3.医療ひっ迫は人災である

陽性者数が欧米諸国よりも圧倒的に少なくかつ病床数は欧米諸国よりも充実していたにもかかわらず、欧米諸国では医療崩壊が起こらず、日本では医療崩壊寸前まで医療がひっ迫した。原因として考えられるのは3つ。①コロナウイルスをエボラ出血熱並みの「2類感染症」に指定したため保健所と医療機関に大きな負担がかかった。②医師会をはじめとした民間の医療機関が病院経営を理由にコロナ対応に非協力的であった。③昨年4月の緊急事態宣言解除後、政府や自治体が医療体制の拡充に動かなかった。結局、日本の医療体制がひっ迫したのは、陽性者数が増えたからではなく、医療提供者側が何もしなかったからだ。そもそもウイルスの動きを人間の力で抑え込むこと自体無理があるわけで、いくら頑張ったとしてもウイルスの気まぐれに翻弄されるだけである。それよりも、日本のように陽性者数が極端に少ない国の対策としては、医療体制の拡充に力を注ぐ方がはるかに効果的で経済的である。

にもかかわらず、政府や厚労省、医師会が医療体制の拡充を進めないのは、穿った見方をすれば、単に「ワクチン待ち」をしているからではないだろうか。早晩ワクチン接種が進めばすべてが解決すると思っていて、厚労省は「わざわざ失敗した時のリスクを背負ってまで『指定感染症』を解除することはない」と考え、政府や自治体は「いずれすぐに必要なくなる病床を増やす必要はない」と考え、医師会は「ワクチンが来るまでなんとか感染拡大を抑えられれば、民間の病院でコロナ患者を受入れずに済む」と考えているのではないだろうか。こういう考え方が各界トップの本音であるならば、当然医療体制の拡充など進むわけが無く、ワクチン接種が完了するまでは感染拡大防止一辺倒の対策に終始してしまうだろう。その結果、割を食うのは国民であり、コロナ患者を救えないだけでなく、重症病床が足りないことにより、がんの手術が延期されたり、他の病気の治療が後回しにされたりという被害を受ける。また医療体制がひっ迫するたびに緊急事態宣言や時短営業が繰り返され、売上の落込み、経営破綻、失業、そして自殺という不幸に見舞われるのである。

4.「マスク」という同調圧力

日本人にとってコロナは医学的問題ではなく、社会的問題であった。その象徴がマスクであり、マスクをしていない人に対する世間の目は厳しい。全く意味がないのに屋外でもマスクをしている人のなんと多いことか。大声でしゃべらなければ問題ないのに、マスク無しではエレベーターにも乗りづらい。受験生がマスクから鼻を出しただけで注意されたり、小学生に1日中マスクを強制したり、常識では考えられないようなことがこの日本で起きているのだ。特に小学生にマスクを強制することは、子供の健康を考えた場合非常にマイナス面が大きいと言える。一つには、慢性的に酸素不足となり思考能力が低下するということ。もう一つは、幼児期や児童期には特に重要と言われている、表情から相手の気持ちを洞察するコミュニケーション能力を養う機会をマスクが阻害していることである。小学生以下についてはほとんど感染も重症化もしないのだから、早急にマスクの着用をやめるべきである。また、大人が人の目を気にして屋外で意味も無くマスクをしていると、子供たちがいつでもどこでもマスクをしなければならないと勘違いするので、まず大人からマスクを外す努力をすべきである。

一方、大阪の吉村知事に至っては飲食店での「マスク会食」を強制しようとしている。食事中にマスクをしたり外したりすると、どうしてもマスクの表面を触ってしまうので、逆に感染しやすくなるとも言われている。とにかく「マスク会食」は不衛生であり、綺麗好きの日本人には生理的に合わない。また、「マスク会食」を店側の責任で強制するのは、店と客の分断を生むだけで、その結果マスク会食をしている飲食店から客足が遠のくだけである。真面目に対応をした店程収入が下がるという、まさに「正直者が馬鹿を見る愚策」である。知事が真面目な顔をしてこんなバカげた対策を推奨するようでは、われわれ国民はいつまでたっても「マスク」の呪縛から逃れられないのではないか。

それにしても、市中にコロナ患者がほとんどいないことがわかっていて、われわれはなんのためにマスクをしているのだろうか?あくまで仮定の計算だが、大阪府の1日のPCR陽性者数が600人の場合、潜在的にその10倍の陽性者がいると仮定すると、府内には約6000人の「無症状陽性者」がいることになる。大阪府の人口が900万人なので、1500人に1人が「無症状陽性者」ということだ。われわれが1日行動して5人と濃厚接触すると仮定すると、1日に「無症状陽性者」に濃厚接触する確率は300分の1である。1日に300分の1ということは、要するにわれわれは1年間でたった1人の「無症状陽性者」にしか濃厚接触しないのである。これだけ低い確率にもかかわらず、四六時中マスクを着用する意味があるのだろうか?マスク着用は、至近距離で比較的大きな声で会話をするときぐらいで十分ではないだろうか。

5.何のための「特措法」改正なのか?

時短要請などに法的強制力を持たせる代わりに、その要請に協力した事業者には十分な補償をするということを目的とした「新型インフルエンザ等対策特別措置法」の改正が今年になって行われた。しかし、蓋を開けてみれば、飲食店などへの規制や罰則が強化されただけで、「補償の拡充」については具体的に明記されなかった。よって、依然、補償が不十分なまま時短営業を強制されるケースが続出しており、東京のある外食チェーンのオーナーが都を相手に「十分な補償の無い時短要請は財産権の侵害に当たり」、「時短要請に応じなかった2000店舗のうち、わが社だけに使用制限命令を出したのは憲法に保障された法の下の平等に反する」と行政訴訟を起こしている。この外食チェーンにとっては、時短営業に応じないのは店舗存続のためにやむを得ない選択であり、そんな場合でも罰則が科されてしかるべきなのか問題提議がされている。いくら公共の福祉のためとはいえ、廃業に追い込まれるほどの私権制限が行われていいのかどうか、またコロナウイルスが時短営業を強制しなければならないほどの脅威であるのかどうか、司法の判断が待たれるところだ。

また、「新型インフルエンザ等対策特別措置法」の改正は医療機関に対する協力要請を強化することも目的としていたが、一定の医療団体からの圧力により、患者側が入院や検査を拒否した時の罰則だけが強化され、医療機関に対する協力要請を強化するに至らなかった。結局、喫緊の課題である「事業規模に応じた補償」と「医療ひっ迫を解消するため医療機関に強制力をもって協力させる」という本来の目的とは大きくずれた骨抜きの改正であった。

6.PCR検査の信用性

この1年、マスコミの偏向報道とともに最も日本人を振り回したのがPCR検査である。マスコミは日本のPCR検査数の少なさを批判し続け、「日本人全員にPCR検査を実施して陽性者を炙り出すべきだ」というような、とんでもない意見を言うコメンテーターもいた。しかし、民間のPCR検査が増え、無症状の陽性者が急増したために今年の1月に何が起こっただろうか。保健所が無症状の陽性者の数に対応しきれなくなり、入院できない自宅療養者が急増し、それによる重症者や死亡者が相次いだ。コロナが「2類指定感染症」である限り、PCR検査を増やせば、保健所がパンクすることは容易に想像できたはずなのに、マスコミはPCR検査をどんどん増やせと言い続けた。マスコミはこの責任をどう取るつもりなのか。

そもそもPCR検査の発明者であるキャリー・マリス「PCR検査を感染症の診断に用いてはならない」と言い残しており、PCR検査をコロナウイルスの診断に使用することは不適切だと考えられている。その理由の一つとして、PCR検査はウイルスを見つける方法ではなく、ウイルスの遺伝子を検出する方法なので、感染力の無いウイルスの断片も検出してしまうからだ。よって、PCR陽性者=感染者ということは言えない。しかもPCR検査のCT値によっては全く感染力の無い人も陽性者とされる場合がある。本来、感染力の有るウイルスを検出するための適正なCT値は30前後だが、日本の場合はそのCT値が40から45とかなり高く設定されており、擬陽性者を多く検出している可能性がある。昨年11月にインドネシアからの旅行者17人がインドネシアで陰性証明を受けたにもかかわらず、関西空港でのPCR検査で陽性になった例からもわかる通り、CT値については海外とも歩調を合わせておかないと、データの国際比較ができないし、東京五輪では海外で陰性だった選手が日本では陽性になってしまうといったトラブルが生じかねない。

7.ワクチン接種を断ったら

私自身はワクチン反対派でもなく、ワクチンに対する偏見も無いが、日本に限定すると、ワクチンを必ず接種しなければならないのかという課題がある。ワクチン接種は個人の任意であるが、政府は国民全員が当然打つべきだというスタンスで推し進めている。先行してワクチン接種を始めている医療関係者からは、断りたくてもそういう雰囲気ではないという声が漏れ伝わってきている。高齢者施設や職場、学校などでの集団接種が行われた場合に、ワクチンを打ちたくない人の意思が尊重されるのかどうか気になるところだ。「マスク」と同じように「ワクチン」も「自分の感染を防ぐため」というよりは「他人にうつさないため」という世論が強くなると、ワクチン接種を断る人に対して「国民として無責任だ」というようなバッシングが起りかねないのが心配である。また、アメリカなどで問題になっているが、「ワクチン証明書」がなければスポーツ観戦や飲食店の利用ができないなど実生活に支障が出る事例もあり、日本では義務でもないのに私権が制限されていいのかという憲法上の問題も今後でてきそうだ。いずれにしても、日本ではワクチンを打つ打たないはあくまで個人の任意であるという基本は抑えておきたいところだ。

リスクについてもアナフィラキシーショックについては一定のコンセンサスがあるが、人間の遺伝子に働きかけるメッセンジャーRNAワクチンの本質的なリスクについては治験期間が短すぎて解明されていない。また、そもそも欧米諸国と比べ圧倒的に陽性者数が少ない日本で本当にワクチン接種が必要なのかどうかの根本的な議論はされていない。高齢者は重症化リスクが高いのでリスクとベネフィットを天秤にかければワクチンを接種する価値があるかもしれないが、遺伝的リスクについて解明されていない現状において、ほとんど重症化しない若年層がワクチンを接種してもいいのかどうか。

変異株が拡大したイギリスでは昨年12月からワクチン接種が始まり、約40%が1回目の接種を終えたが、1日当たりの陽性者数は1月ピーク時の70000人から5000人に、死亡者数は1300人から100人以下に減少している。減少したとはいえワクチンをほとんど接種していない日本の現状よりも陽性者数も死者数も多い。現在、日本の1日当たりの陽性者数は2500人前後、死者数は30人前後なので、ワクチンを接種したイギリスの半分ほど、人口換算すると4分の1程度の少なさなのである。イギリスの数字を日本に当てはめれば、日本は既にワクチンを打った状態だと言える。

インフルエンザであれば、毎年1000万人単位で感染者が出るのでワクチンを打つ意味もあるだろうが、コロナの場合、発生から1年以上が経過しても、陽性者数がわずか50万人足らずである。日本人の99.6%の人が感染しないウイルスについて、ワクチンを打ったからと言って、それを何%にできるというのだろうか?99.7%や99.8%にする意味があるのだろうか?

8.ファクターXとは?

日本を含め、台湾や韓国などの東アジア諸国では、陽性者数や死者数が、欧米諸国に比べ桁違いに少ない。その原因について、京大の山中教授が「ファクターX」と名付け、あらゆる分野の専門家がその原因を探っている。例えば、生活習慣説、BCGワクチン説、ネアンデルタール人遺伝説、集団免疫説、交差免疫説など、様々な説が出てきているが決め手はまだない。この中で集団免疫説交差免疫説を唱える免疫学者と政府の分科会にいる感染症学者ではコロナ対策について全く逆の考え方をしていて興味深い。免疫学者は日本人は初期の新型コロナウイルスや旧来のコロナウイルスに感染していて、すでに抗体を持っているので、現在政府が行っている飲食店の時短営業マスクの着用などの対策は必要なく、欧米諸国のように感染爆発する恐れはないという考え方である。ワクチンについても既に抗体を持っているのだから打つ必要が無いという意見である。常に感染爆発を心配し、ワクチン接種を推し進めようとする分科会の感染症学者とは全く意見を異にしている。どちらが正しいのか明確な答えはまだないが、日本人が欧米人に比べ明らかに新型コロナに耐性があることはデータが物語っている。しかし、マスコミは免疫学者が唱える集団免疫説や交差免疫説については一切報道しない。テレビなどで扱ったとしても詳しい内容を伝えるのではなく、批判の材料としてしか扱われない。マスコミがこのような偏向報道をしている限り、日本人が正しい知識を得られるチャンスは奪われていく。

9.東京五輪を成功させよう

アンケートによると東京五輪の開催に消極的な人が未だに8割近くいるそうだ。テレビでは総じて東京五輪に否定的なコメンテーターが多い。ある芸能人は森会長が「コロナの状況がどんな状況でも東京五輪をやる」と発言したことに反発して、聖火ランナーを辞退したが、森会長の発言の真意をしっかり受け留めたのだろうか。また、自身が辞退することで周りにどんな悪影響が出るかを配慮したのだろうか。その直後に森会長の「いわゆる女性蔑視発言」があったものだから、「聖火ランナー辞退」を何か誇らしげに話していたが、東京五輪を目指して不安の中必死で練習しているアスリートのことを少しでも考えたのだろうか。池江璃花子選手内村航平選手の前で、上地結衣選手木村敬一選手の前で、「森会長の発言が気に食わなかったから聖火ランナーを辞退しました」って堂々と言えるのだろうか?

そもそも、世界の中で圧倒的にコロナ陽性者が少ない日本で、なんでオリンピックができないと考えるのか。世界がコロナ禍に見舞われている今だからこそ、日本でオリンピックを開催する意味があるのであり、コロナに打ちのめされている世界の希望の光となるはずである。もし日本が東京五輪をやらなかったら、代わりに中国が北京冬季五輪を開催し「コロナに打ち勝った証」として喧伝するであろう。

10.「無症状でも感染力がある」は本当か?

コロナが世界中で恐れられた最大の理由は「無症状者にも感染力がある」という「イメージ」が広まったからだ。ロックダウンなどの行動制限、三密を避ける、マスクをするといった対策が取られたのは、目の前の人が感染者かどうかわからないからで、世界中でPCR検査が流行したのもこの見えざる敵を可視化したかったからだ。しかし、この「無症状者にも感染力がある」という大命題について一度疑ってかかるべきではないか?専門家によると、インフルエンザとコロナウイルスの違いは、その潜伏期間がインフルエンザの場合1~2日であるのに対し、コロナの場合5~6日であるという点だ。感染してウイルス量がピークになる時期はどちらも4日~5日後なので、インフルエンザは症状が出た後にウイルス量が最大になるが、コロナは症状が出る1日~2日前にウイルス量が最大になるので、コロナは無症状者でも感染させるという「イメージ」につながった。しかし、ここでしっかり押さえておくべきポイントは、「無症状期の感染力は発症後のそれに比べかなり低い」ということである。なぜかと言うと、体内にあるウイルス量が多くても症状がなければウイルスを体外に排出する量そのものが少ないので、無症状期の人の感染力はかなり低いということである。もちろん無症状の人でも、その人の唾液がべったりついたドアノブを触ったりすると感染する可能性はゼロではないが。要するに日本人においては、無症状者の感染力は症状のある人よりかなり低いので、無症状者を恐れすぎなくていいということである。逆に症状の変化には敏感になるべきで、発熱や咳、味覚異常など少しでも症状を感じたら極力人との接触を避けるということである。

11.日本は独自路線でいち早くコロナ禍から抜け出そう

新型コロナウイルスの特徴は、死亡者の90%以上が70歳以上の高齢者であり、そのうちの90%以上が何らかの基礎疾患を持っているということである。しかも死亡者のかなりの割合が病院高齢者施設などに既に入院している寝たきりの高齢者である。つまりごく限られた場所と年齢層にリスクが集中しているのだ。コロナの致死率を上げているのはこれら「病院や高齢者施設にいる基礎疾患のある高齢者」であり、逆に基礎疾患の無い60歳以下は重症化しにくく、致死率はインフルエンザ並みの低さである。このような特徴から、コロナ対策の肝は、「基礎疾患のある高齢者」とそれ以外を分けて対処することであり、「基礎疾患のある高齢者」の感染対策を徹底すれば、それ以外の人は経済を回すという意味でも、できるだけ通常の生活をすべきなのである。

さらに、何度も申し上げてきたが、日本は欧米諸国に比較し陽性者数も死亡者数も桁違いに少なく、かつ超過死亡も欧米諸国が軒並み例年の数倍に増えているのに、日本だけは何とマイナスである。つまり日本は「ファクターX」が功を奏し、欧米諸国に比べ、まるでワクチンを打ったような非常に恵まれた状況なのである。テレビなどマスメディアの報道だけを見ていると日本の感染状況はひどい状態だと勘違いしてしまうが決してそうではないのだ。よって、わざわざ欧米諸国にお付き合いをして経済を疲弊させる必要はなく、この幸運を生かすような日本独自の路線でコロナ対応をすればよいのである。

そこで提案だが、まず、新型コロナウイルスを「指定感染症」から除外しインフルエンザ並みの扱いにし、濃厚接触者へのPCR検査や無症状者の強制入院を辞め、一般の診療所でも受診できる普通の風邪として扱ったらどうだろうか。コロナを特別扱いせず、「症状が出たら受診する」という医療の基本に立ち返り、まずは医師の判断を仰ぐということだ。医師の診察さえあれば、薬の処方もできるわけで、特に高齢者については軽症のうちに投薬すれば重症化はかなり防げるはずである。高齢者をホテルや自宅で療養させるのは「医療の放棄」であり、医師の目が届かずかつ薬を処方できないのは非常に危険なことであり、これが重症患者を増やしている大きな原因となっている。また、入院が必要な場合もインフルエンザと同じように陰圧室や防御服などが無くても扱えるようにすれば、医療現場の負担は相当軽減されるのではないだろうか。さらにコロナの場合、延命措置を拒否している重症患者に対しても人工呼吸器やエクモを一律装着しているらしく、これを改めれば、本当に治療が必要な人に適切な処置ができるのではないだろうか。そもそもインフルエンザ並みの風邪を、欧米諸国でさえも採用していない「指定感染症2類」に分類し、エボラ出血熱ペスト並みの扱いをしているからこそ医療のひっ迫が生じているわけだから、インフルエンザと同じ「5類感染症」に分類し直せばいいだけのことである。インフルエンザであっても、もし「2類感染症」に指定されたら、コロナと同様かそれ以上の医療ひっ迫を招いてしまうだろう。今後もコロナは普通の風邪としてちょくちょく顔を出してくるだろうから、われわれ国民が意識を変えない限り、いつまでたってもコロナの呪縛から逃れることはできないであろう。

「医師会」や「病院協会」こそ無責任ではないか?

2020-12-23

先日12月21日、日本医師会など9つの医療団体のトップがコロナ感染拡大で医療体制がひっ迫しているとして、「医療緊急事態宣言」を発表しました。

その宣言の内容は次の三つ。

国や地方自治体に、国民への啓発並びに医療現場の支援のための適切な施策を要請する

②国民の生命と健康を守るため、地域の医療及び介護提供体制を何としても守り抜く

国民の皆様に対し、引き続き徹底した感染防止対策をお願いする。

そして、日本医師会会長は「誰もが平等に医療を受けられる日本の医療制度が“風前の灯”になっている」と危機感を訴え、「国民が一丸となって真正面からコロナに向き合って」と呼び掛けました。

 

そして、その二日後12月23日に、日本医師会会長は、政府の専門家会議に対して次のように呼びかけました。

「医療現場の危機感を共有しましょう。政府に対してスピーディーで具体性のある政策を提言し、求めていきましょう。あなたたちは政府の最後の最終的な拠りどころ」と。

更に国民に対して「年末年始の我慢に加え、日本医師会としてもう一つだけお願いがある」としたうえで「病院診療所の医師、看護師をはじめ、医療従事者は自らが感染するのではないかというリスクに直面し、業務量も膨大に増えています。それこそ年末年始もありません。新型コロナの医療にかかわる医療従事者の心身の疲弊もピークを超えています。使命感で持ちこたえてきましたが、それも限界です。さらに医療従事者は誹謗中傷、差別、偏見にも苦しんでいます。医療従事者本人だけではなく、その家族も差別的な行為を受けたという報告も少なくありません」と医療従事者の実情を訴え、「どうぞ国民の皆様、医療従事者を守ってください。医療従事者が安心して医療に従事できるよう、医療従事者の家族と家庭が守られるよう応援してくださいと嘆願したのです。(ABEMA NEWS抜粋)

 

さて、みなさんは、12月21日の医療9団体トップの「医療緊急事態宣言」及び、12月23日の日本医師会会長による、専門家会議へのお呼びかけと国民への嘆願についてどうお感じになったでしょうか。

わたしは正直、医師会をはじめとした医療団体のトップが今頃になって、こういうことを言っているからこそ、日本の医療体制がひっ迫したんだなと思いました。ここに並べられた言葉に医療のプロとしての専門的な示唆や使命感があるでしょうか。ここには誰かに対するお願いの言葉しかありません。

特に気になった言葉が下記のような発言です。

「国や自治体に医療現場への支援を要請する」→これは逆ではないでしょうか。医療崩壊が起こっている原因は、自治体から医療機関にコロナ患者の受け入れを要請してもほとんどが断られているからであり、支援をしてもらいたいのは自治体の方です。医師会等の役割は、自治体から医療機関に協力要請があった場合に、スムーズに協力できる体制作りのための提案をすることではないでしょうか。

「国民の皆様に徹底した感染防止対策をお願いする」、「国民が一丸となって真正面からコロナに向きあって」→すでに国民は皆協力していて、医師会等から再三されるお願いに辟易しています。われわれ国民こそ医師会等にお願いしたいのです。われわれが求めているのは医療サイドこそ、コロナ病床を増やすための具体的対応をしてもらいたい、ただそれだけのことです。

「危機感を共有しましょう。政府に対してスピーディーで具体性のある政策を提言し、求めていきましょう。専門家会議は政府の最後の最終的な拠りどころ」→今頃専門家会議と危機感を共有しましょうって遅すぎないでしょうか?また専門家会議が政府の最後のよりどころって、医師会等には医療のプロとしての当事者意識が無いのでしょうか。医療現場に最も近い医師会等こそが医療ひっ迫が起きている医療現場の問題点を検証し解決策を見つけていくべき立場ではないのでしょうか。

「どうぞ国民の皆様、医療従事者を守ってください。医療従事者が安心して医療に従事できるよう、医療従事者の家族と家庭が守られるよう応援してください」→ 過重労働や風評被害など、一部の医師や看護師にコロナ対応の負担が偏っているのは医師会等に所属する大半の医療機関が非協力的だからではないのでしょうか。また、医師会等こそが、コロナ対応をしている医師や看護師の過重労働の改善やインセンティブの確保を担うべき立場であるにもかかわらず、それを放置したまま、国民に対して「医療従事者を守ってください」というのはお門違いではないでしょうか。

 

医師会の会長がなぜこのようなお願いばかりの発言に終始しているのかといえば、これら医師会等のそもそもの目的が所属する医療機関を守ることだからです。医療9団体とは、日本医師会、日本歯科医師会、日本薬剤師会、日本看護協会、日本法人医療協会、日本精神科病院協会、日本病院会、全日本病院協会、そして東京都医師会です。

これらの団体のほとんどは民間の病院や開業医の団体です。いわゆる「民間の病院や開業医」の「経営や待遇」をよくするための職能団体です。しかも加入義務が無い任意団体です。よって、医師会会長らの発言は、コロナ禍の中でいかに医師会等に所属する医療機関を守ることができるか、特に病院経営上の被害を少なくすることができるかという目的で発せられているのです。

こういう視点に立てば、医師会の会長がなぜ執拗に「医療体制のひっ迫」を訴え、国民に自粛を要請しているのかよくわかります。その本当の目的は、陽性者数が拡大し、医療体制のひっ迫を公的病院でカバーしきれなくなった場合に、自分のところにお鉢が回ってくることを避けたいからです。なぜ避けたいかといえば、ご承知の通り、コロナ患者を受け入れる場合の医療体制の負担の大きさと、コロナ患者を受け入れることで経営が悪化するからです。特に4月にコロナ患者を受け入れた病院が軒並み経営悪化に陥ったことが原因でしょう。医師会等は所属している医療機関の利益を第一に考えますので、どれだけ医療がひっ迫していても、積極的に協力しようとはしないのです。これだけ「自粛、自粛」と再三繰り返すのは、国民の命を救うためというよりも自分たちの立場を守るためといっても過言ではないでしょう。

結局、陽性者数が欧米に比べ圧倒的に少なくかつ医療資源が十分にある日本の医療体制がひっ迫している原因は、日本の医療資源の8割を占める民間の医療機関が協力をしないからだと言えます。

それにしても、このようなことをいつまで放置しているのでしょうか?民間の医療機関もその収入の7割が公費であることを考えれば、民間と言えども公共的な役割があるわけで、今のような緊急時には、積極的に国や自治体に協力すべきではないでしょうか。そして政府や厚労省も手を拱いていないで、もっと積極的に医師会等に働きかけ協力を求めていくべきですし、医療機関が協力しやすい体制に制度設計すべきです。特に、協力する民間の医療機関に対しては、その経営が傾かないような支援をし、政府、厚労省、自治体、医師会等が一体となって医療崩壊を防ぐ努力をすべきです。

もし、4月の緊急事態宣言が収束した後、医師会をはじめとした医療団体のトップが医療体制の拡充に積極的に動いていたら、飲食店の時短営業をする必要もなかったし、Gotoキャンペーンを中断することも無かったでしょう。日本経済がここまで疲弊することは無かったはずです。

医師会をはじめたとした医療団体の皆さんには、「医療ひっ迫状況」を招いた原因が自らにも有ることを自覚し、医師本来の役割を思い出し、医療体制ひっ迫の解消のために具体的に行動してもらいたいものです。医療体制さえ充実していれば、「コロナで亡くなる命」も、「廃業や失業で失われる命」も、両方の命を救えるのですから。

異次元の将棋!! 藤井聡太対永瀬拓矢

2020-06-04

次代を担う天才同士の対決 

勝てば渡辺明棋聖への挑戦が決まる大一番

 

終盤戦の入口で、解説のプロも唸る全く理解できない手の連発

素人目にも???「なぜそんな手?」とあっけにとられる

 

52手目、藤井が2六桂から3六銀と攻め合いに持ち込む

この意外な手に永瀬は69分の長考後、6九玉から3九金打と地べたに張り付く

最も驚いたのが藤井の62手目、2七銀成。そしてその数手後の8四歩打

不思議な手が続くがコンピューターの評価値は50%を維持する

 

解説の飯島七段は「善悪を超越した一つの作品ですね」としきりに感心

ぎりぎりの戦いに没頭する対局者にしかわからない一手一手の意味

 

そんな攻防が続く中、永瀬の77手目、2六馬が痛恨の敗着となった

 

そしてその時が・・・ 藤井聡太が100手目、6八角を軽やかに打ったその瞬間、最年少タイトル挑戦が決まった

 

高校野球と木製バット

2019-08-19

夏の甲子園も準決勝と決勝を残すのみとなったが、101回目の今大会もホームランが乱れ飛んだ。「キーン」という甲高い金属音が連日コダマした。

履正社高校の1試合5本塁打の大会タイ記録をはじめ、今大会すでに40本塁打を超えている。

ところで、単純な疑問があります。なぜ高校野球は木のバットでなく金属バットなのだろうか? 高校野球だけでなく、リトルリーグも少年野球も皆、金属バットを使用している。

プロ野球をはじめ大学野球や社会人野球は木のバットだというのに・・・・

「金属バットは折れないので木製バットより経済的だから」、という理由が真っ先に思いつく。他にも原材料の木が不足しているとか、森林伐採など環境問題に配慮しているとか、様々な観点があると思いますが実際のところどうなのでしょうか。もし明確な理由もなく金属バットを使用しているとしたら、子供たちから、バッティングの本質を経験する機会とか、バッティング技術を磨く機会などを奪っているのではないかと思われるのです。

私は以前よくゴルフをしていましたが、本間製のパーシモン(木製ヘッドのドライバー)を使用していました。プロアマ問わず今やほとんどのゴルファーは金属製ヘッドのドライバーを使いますが、私はパーシモンの独特の打感が好きで木製ヘッドを使っていました。パーシモンは金属ヘッドに比べスイートスポットが狭く、少し打ち損じると飛距離が落ちたり、曲がったりします。アマチュアにはとても難しいクラブですが、スイートスポットでボールをとらえたときは、素晴らしい打感、快感を得られるのです。その打感を感じるためにゴルフをやっているようなものです。

木のバットもパーシモンのクラブと同じく、金属バットよりスイートスポットが狭く、芯でとらえるのが難しいといえます。芯を外すとボールはあまり飛ばないし、とにかく手が痛いです。でも、真芯でとらえるとほとんど抵抗感なく心地良く振り抜けます。

要するに木のバットの方が金属バットより球をとらえる技術が必要で、うまく打てたかどうかの結果が明確に出るのです。金属バットは多少打ち損じてもそれなりに飛距離が出るので、本当に正しいスイングができていたのかわかりにくいのです。子供たちのバッティング技術向上のためにも、木のバットの方が道具として適していると考えるのは私だけでしょうか。

なかんずく、プロを目指そうとする高校球児に、なぜ木製バットで技術を磨かせてやらないのか。少なくともその選択肢を与えてやらないのか。だって、高校生の国際試合であるU18では金属バットは禁止されているのです。

例えば、イチローは小学生のころ、毎日のようにバッティングセンターで練習していたそうですが、木のバットを使っていたらしいです。バッティング技術を究めようとするならばやはり木のバットを使うべきなのでしょう。

野球少年のすべてがプロを目指しているわけではないですが、木のバットの方がバッティング技術が向上し、かつプロ野球とのギャップもないとすれば、木製バットに切り替えることを真剣に考えてもいいのではないでしょうか。高校時代はスラッガーとして名を馳せた選手も、プロになって木製バットになじめず、成績不振でプロを辞めざるを得なかったという話も聞きます。

最近は、金属バットでも木製バットに性質の似た芯の狭い飛びにくいものが出てきているらしいので、木製バットへの変更が経済的にどしても難しければ、そういうものも視野に入れて飛びすぎる金属バットから卒業することを検討してみてはどうでしょうか。

木製バットの真芯でボールを打ち抜く技術を持った真のスラッガーを育てるためにも野球関係者には英断を期待します。

甲子園の金属バットの快音を聞きながら、ふとそんなことを思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AIに負けた将棋界に見る税理士業界の未来

2019-06-15

奇天烈な比較と思われるかもしれないが、AIによって税理士業界がどう変化していくのかを、全く畑違いではあるが、将棋界がここ数年繰り広げてきたコンピューターとの戦いから予測してみたいと思います。

まず、将棋界がここ数年でAIに受けたインパクトは計り知れないものがありました。20年ほど前まではコンピューターがプロ棋士に勝てるなんて誰も想像していませんでした。しかし、現在は、プロ棋士がコンピューターに勝てることの方が少なくなりました。ある棋士によるとコンピューターとプロ棋士の差は角1枚ほどになっているとのことです。角落ちでも勝てないとは相当の大差です。

実は、コンピューターがプロ棋士の実力に肉薄し始めた10年ぐらい前に、このような心配がありました。「もしコンピューターが棋士より強くなったら、プロ棋士の存在意義がなくなってしまうのではないか?コンピュータより弱い人間同士の対局を誰が見てくれるのか?もし最強棋士羽生名人がコンピュータに負けたらもうプロ棋士の地位は地に堕ちてしまうのでは?」といった心配です。

故米長九段が若かりし頃に言ったとされる逸話で「兄貴は頭が悪かったので東大に行った。自分は賢かったので将棋指しになった」というのがあります。それほど棋士になるのは難しいし、将棋界とは天才たちの集まりであるという認識が旧来からあったのです。それがコンピューターに負けてしまうなんて棋士なんて大したことないのでは、という評価に変わりはしないかという心配ですね。

しかし、現状の将棋界はどうでしょうか。藤井聡太という天才の出現や、羽生九段の永世七冠達成などのビッグニュースはありましたが、コンピューターの進歩が将棋界をダメにしたということは全くありませんでした。

逆に、棋士がコンピューターを将棋を研究するためのツールとして利用することで、新たな定石や新手が次々と生み出されています。

また、将棋を見る我々にとっても今まで以上に興味深く将棋を観戦することができるようになりました。タイトル戦などの中継でどちらの棋士が優勢なのかをコンピューターが評価してくれるのです。先手がプラス500点とか1,000点とかという評価値が画面に出ますので将棋初心者でもどちらが有利か即座に分かるのです。プラス300点なら少し有利、プラス500点なら優勢、プラス1,000点なら勝勢といった具合にコンピュータの評価値はとても分かりやすい指標になるのです。

ただ素人ですので、評価値がなぜプラス300点なのか、500点なのかがわかりません。やはりそこでもっとも重要なのが、プロの解説です。プロの解説がなければ将棋の面白さも半減します。コンピューターが強すぎてプロの解説者でさえなぜコンピューターがプラス評価を出しているのかわからないという場面もありますが、それでも我々アマチュアにしてみれば、人間による解説がどうしても必要です。しかも解説者にもいろいろな棋士がいて人間味あふれる解説をしたり、ユーモアたっぷりの解説をする棋士もいます。そういった解説者の個性もこみで楽しんでいるのが現状です。

プロ棋士は実力的にはコンピューターに負けましたが、その負けを素直に認め、逆にコンピューターを将棋界にとって有用な武器に切り替えていったのです。

 

いま、税理士という職業もAIの進化により将来なくなるかもしれない職業にカテゴライズされているようです。もともとはオックスフォード大学のオズボーン教授の論文が巷に流布されたものですが、影響力は結構大きく、税理士は将来性のない職業と認識され若者から敬遠され始めているらしいのです。

でも正確には、それは「税理士」ではなく「税務申告書作成者」という職業のことだそうです。

ここで注意しなければならないのが、税理士の仕事と「税務申告書作成者」の仕事は違うということです。「税務申告書作成者」の仕事はおよそ「税務申告書作成ソフト」が行っているような仕事です。これに関していえば、すでに国税庁のホームページの確定申告書作成ソフトで毎年申告している納税者がかなりいます。毎年ほとんど変わらない申告内容で比較的簡単な申告であれば、税理士に頼まなくても、納税者だけでできてしまいます。

しかし、我々税理士が日々行っている仕事は、このような単純な申告書の作成業務だけではありません。会社経営者からの相談は、単に法人税の節税に関することにとどまらず、消費税や個人の所得税、相続税や株価評価、場合によっては社会保険や助成金、労働問題や法律問題と本当に多岐にわたります。

例えば、法人税の節税が逆に所得税や相続税の増税になったり、社会保険料の増加につながったり、こっちを立てればあっちが立たずといった状況がしばしば出てきます。

一つの税務だけにとどまらず、様々な税法や法律の相互関係を考慮し、その中でどのようなアドバイスがクライアントにとって最も有効なのかということを考えていかなければなりません。

AIの情報処理能力はずば抜けて凄いと思いますが、そのような様々前提条件を加味していくことはまだまだ難しいと思われます。何も考えず闇雲に情報を入力しても正解が得られるとは限りません。AIにどのように情報を与えるかが最も重要です。それは一般の納税者にはできません。また、AIが出す答えが本当に正解かどうかを判断することも一般の納税者にはできません。

将棋に解説者が必要なように、税務にも解説者が必要なのです。

税理士が経営者から最も期待されていることは、重要な経営判断を経営者に寄り添ってアドバイスしていくことです。AIは有効なツールですが経営者に寄り添うことまではできないでしょう。

現場にいる私の実感ですが、AIが税理士の仕事を奪うことはできないと思います。逆にAIを使いこなせる税理士が引っ張りだこになるのではないでしょうか。

若者諸君、コンピューターと法律に興味のある皆さん、ぜひ税理士を目指してください。きっと面白い時代になりますよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

大谷翔平 サイクルヒット達成!!

2019-06-14

大谷翔平がサイクルヒットを達成した。

イチローも松井秀喜もできなかった偉業だ!

ニュースによると投手として2勝以上をしてかつサイクルヒットを打ったのはあの、ジョージ・シスラー以来二人目とのこと。もう、100年近く前の記録である。ジョージ・シスラーといえばイチローに抜かれるまでは、シーズン最多安打記録257を持っていた偉大な打者だ。二刀流としてベーブ・ルースと比較されまたジョージ・シスラーと比較され、そんな偉大な打者と比較されるなんて本当に光栄なこと。

今後の期待はまだ誰も達成していない記録。そう、打者としてサイクルヒット、そして投手としてノーヒッター!

翔平がノーヒットノーランを達成する可能性は大きいと思う。

なんて夢のひろがる選手なんだろう!

 

 

 

インボイス制度の導入間近! 免税事業者にも大きな影響!

2018-09-01

消費税の計算上、インボイス制度(適格請求書等保存方式)が5年後の2023年度より本格的に導入されます。2019年10月からは軽減税率の導入に合わせ、「区分記載請求書等保存方式」が始まります。

インボイス制度は事業者にどのような影響を及ぼすのでしょうか?

まず、請求書や領収証(いわゆるインボイス)に記載する内容が増えます。

請求書発行事業者の氏名又は名称、取引年月日、取引内容、受領者の氏名又は名称に加え、「適格請求書発行事業者登録番号」、「軽減税率の対象品目である旨」、「税率ごとに区分した金額と適用税率」、「税率ごとに区分して合計した消費税額」を記載しなければなりません。

領収証を発行する事業者はレジなどの切り替えが必要となります。

領収証を受け取る側は、インボイスが無いと仕入税額控除ができなくなり、インボイスの記載金額を税率ごとに区分して帳簿をつける必要があります。

具体的に考えると相当大変で、領収証を税率一つのもの、税率二つのもの、インボイスに該当しないものに区分し、それぞれの金額と税率を分けて記載しなければなりません。これだけで今までの倍ぐらいの手間がかかるのではないでしょうか。今後軽減税率の種類が増えていけば手間は更にかかってくるでしょう。経理処理は相当面倒くさくなること間違いありません。会社の経理の方は相当苦労されるのではないでしょうか。

一方、インボイス制度導入は消費税の課税事業者のみならず免税事業者にも大きく影響しそうです。

なぜかと申しますと、この制度ではインボイスが無いと仕入税額控除ができないと既に申しましたが、免税事業者はそのインボイス(適格請求書等)を発行することができないのです。よって、購入者側は免税事業者から物を買ったり仕入れたとしても、インボイス自体が無いので、そこにかかる消費税の仕入税額控除ができないわけです。

もし税込価格が同じ値段の物を買う場合、買う側からすれば仕入税額控除のできない免税事業者よりも、仕入税額控除ができる課税事業者から買う方が消費税分得なので、免税事業者から物を買わなくなるでしょう。免税事業者としては消費税分を値引きするか、課税事業者を選択してインボイスを発行できるようにするかしか対抗手段はなくなります。

おそらく小売業など最終消費者を相手にしている業種以外の事業者は課税事業者を選択せざるを得なくなるのではないでしょうか。

今まで免税事業者が享受していた益税のメリットがこの制度導入によりなくなるということです。おそらくこの部分が今回の消費税法改正の肝であると考えられます。

今回の改正で、益税という消費税独特の不公平は解消されますが、免税事業者にとっては非常につらい税制改正と言えます。

 

 

 

 

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