藤井聡太、史上初の8冠独占を目指して 

2023-08-05

とうとう、史上初、8冠独占の挑戦権を得た藤井聡太。豊島九段との「王座戦・挑戦者決定戦」は159手に及ぶ、逆転に次ぐ逆転の死闘であった。

午前9時に始まった対局は、夕食休憩を挟み藤井がリードを広げていたが、105手目、藤井の1六香で形勢が怪しくなり豊島が逆転。

その後、両者秒読みとなり一進一退が続くが、118手目、豊島の3四玉で一気に藤井が有利になり再逆転。

そこからは藤井が手堅い手の連続で勝利を手元に引き寄せたかに見えたが、134手目、豊島が敵に勝負を預けるような手、7八と金を指した直後、秒読みに追われた藤井が慌てて3三歩と打ってしまい形勢は再々逆転。この時、時計の針は既に夜9時に迫っていた。

どちらも持ち時間を使い切り、1分将棋のピリピリした緊張感に包まれた関西将棋会館の御上段の間。そこには歴代永世名人たちの掛け軸が飾られている。

木村十四世名人の「天法道」、大山十五世名人の「地法天」、中原十六世名人の「人法地」、そして谷川十七世名人の「道法自然」の四幅である。この四幅は「人は地に、地は天に、天は道に、そして道は自然に法る」と、四幅で一つの意味を為し、「人はただ、自然に法り生きていけばいい」という意味があるらしい。では勝負に生きる棋士たちにとって、「自然に法り生きる」とはいったいどういうことなのだろうか。逆転に次ぐ逆転の死闘を演じる藤井と豊島の対局を見ていて、自然に法った指し手とは、自然に法った棋士の姿勢とはいったい何なのかを考えさせられる。

さて、勝負は、134手目以降、コンピューターの評価値的には豊島がリードを保ちながら、一進一退の攻防が続づいていたが、藤井の6七桂馬に対して豊島が指した150手目6五玉と玉が横に逃げる手が結果的には敗着となった。6五玉は一見自然な手に見えたが、コンピューターは5四玉と玉を引く手を最善手に挙げていた。5四玉であれば、まだまだ豊島のリードが続くと評価していたのだ。しかし、それはあくまでコンピューターの評価。12時間を超える死闘の中で、しかも秒読みに追い込まれた人間の判断力には限界があるということだ。コンピューターは、藤井の次の手を、6六歩以外はすべて藤井が大逆転されると予測した。果たして藤井はその最善手を指すことができるのか。1分将棋という緊迫した中で、その最善手6六歩をきっちりと指し切った藤井は流石であった。

こうして、12時間を超える大熱戦は159手目、藤井の4五龍に、豊島が投了し終局となった。

とても見ごたえのある一局で、一見、自然に見える指し手が実は敗着だったという、勝負の皮肉さと非情さを感じさせる熱戦であった。そして、藤井、豊島という将棋界の頂点に立つ二人でさえ、極限状態ではミスをしてしまうんだということ、将棋という勝負は人間がミスをするからこそ面白いのだということを改めて感じさせてくれた。

ミスをするから面白いとは、必死で指している棋士達には失礼な言い方だが、将棋は先手と後手が初手からミスをせず、「自然な手」を指し続けて均衡を保っていくゲームであり、どちらかがミスをするからこそ勝負が決するゲームなのである。よく「逆転の妙手」という表現が使われるが、一手を指して評価値が劇的に上がるような「逆転の妙手」は無く、評価値が動くときは必ずミスをしたときなのである。もちろん、「羽生マジック」のような、ある一手が相手のミスを誘うような意味での妙手はあり得るが。要するに、将棋の醍醐味は、どんなミスが出るのかを期待することであり、ミスの前後が最もドラマチックな場面なのだ。

このように、棋士にとって将棋とは、ミスを宿命づけられた非情なゲームなのである。御上段の間のあの四幅の掛け軸は、そんな非情な勝負に没頭する棋士たちに、優劣の均衡を保つ「自然な手」を指し続けることが棋士としての究極の目標であるということ、そして、「自然な手」を指すことこそが最も難しいことであるということを静かに語りかけているのではないだろうか。

さて、8月31日から始まる永瀬拓矢との「王座戦・五番勝負」は、史上初の8冠独占が掛かった、将棋界最大の注目シリーズとなる。藤井聡太によって、レジェンド羽生善治を超える大偉業は果たして達成されるのか、今から楽しみでならない。

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